くらしと年中行事

「くらし歳時記/年中行事」・・・日本の豊かな四季は、季節の一つ一つに謂れがあり意味が込められ、折々に自然に添った年中行事が人々の生活を

 彩ってきました。農耕を中心の暮らしは、冬には田をおこし、春には苗を植えつけ、夏の暑さや台風などをのりこえ、秋には感謝とともに収穫を喜びました。

 近年、自然の引き起こす災害に脅威を感じます。利便さの追求で自然を壊すことなく先人の暮らしのように自然と共に生きる知恵を大切にし現代の暮らしに再現して

 いきたいですね。

 

七夕の飾り
七夕の飾り

私たちのみじかな年中行事

 暦とは別に、季節の目安とされたのが「節」で、季節の変わり目のことです。「節日」は祭礼を行う重要な日とされて農耕を主とした日本人の年中行事と結びつき今日に至ってます。

 

五節供

五節句(五節供)とは、人日(1月7日)上巳(3月3日)端午(5月5日)七夕(7月7日)重陽(9月9日)に、平安時代には公式な儀式での参内がありました。

これらは、江戸時代に公的な行事、祝日と定められました。

人日(1月7日)の節句

旧元旦から数えて七日目、正月七日を「人日」 七草粥を食す日。七草は、寒さの厳しい時期の仙人草とも謂われたもので、その年の無病息災につながるとされた。 せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ 春の七草。

また、人日は、人との交流を図るのにふさわしい日とされてました。

上己(3月3日)の節句

旧暦3月の巳の日に、水辺でみそぎを行うという風習から来てます。日本には季節の変わり目に水で禊をし、穢れを移した人形ヒトカタを川に流す風習がありました。

上己、雛、桃・・・上己は3月最初の巳(蛇ー水の神様)の日。 雛人形は、紙の人形ヒトガタから人形となり、宮中ではひな人形を飾り

              江戸時代後期には庶民の間でも女子の成長を願う「ひな祭り」が行われるようになりました。桃は、香りが魔を祓うとされていました。

 

端午(旧暦5月5日)の節句

梅雨の邪気を祓う日。現在は、こどもの日、男子の節句ですが古くは女性の節句でした。旧暦の5月に最初の午の日、葉や根、茎の香や尖った葉の先が邪気を祓うと信じられていた菖蒲やよもぎで門や家の角を祀りました。こうしたことから「端午の節会」が始まったとされてます。

 

七夕(7月7日)の節句

 「七夕」の語源は「たなはた」弥生時代から行われてきた機織りの儀式から来ているとされ、7月七日の夕方「しちせき」という意味もあります。

中国の「乞巧奠」という技芸の上達を願う行事も伝わり、七夕の飾りをして儀式を行った。平安時代の七夕の飾りの梶の葉は、古代から神に捧げる神聖な植物であり、梶の葉に願い事を墨で書いて吊るしました。

 

重陽(9月9日)の節句

 魔を祓い長寿を祈る菊の節句。平安時代、宮中では、宴を催し無病息災や長寿を願って、菊を鑑賞し菊sの花びらを浮かべた菊酒がふるまわれました。

また、茱萸を入れた袋(茱萸袋)を寝殿の床の間や廂にかけ、厄除けをしました。

 

五節供の飾り

平安の頃、節供の折に宮中からは薬玉が下賜され公家の方々は持ち帰ったものを鴨居や床の間に掛けたと伝わっています。公家文化の大事な慣わしで、厄除け、邪気払い、などの意味があります。